流しの診断士;上野孝義が聞いた経営者のつぶやき(悩み、過ち、夢、そして希望)-③
2022年3月20日早く一人前に・・・・。
C社は首都圏某所に本社・工場を設置する製造業。従業員は20名ほどで各種制御機器の設計から製造、設置を行っている。
とある先輩診断士にお声がけ頂き、C社の営業改革に向けての診断と提案を実施することとなった。
先輩診断士とC社社長は某経営者クラブの会合で知り合って以来、C社の生産管理面を中心に各種アドバイスを実施しているとのことである。
今回は営業改革であり製造業、営業とのキーワードで小生に声がかかった次第。
先輩診断士から得た事前情報では、
- C社は大手メーカーの代理店より部品を調達し、顧客仕様に合わせて一品一葉の制御機器を設計、製造、設置している。
- 創業以来、大手制御機器製造業(アッセンブリー企業)からの下請けがビジネスの中心。ただ2年ほど前からC社独自の販路開拓(顧客との直接取引)を指向し活動を推進中。
- 社長は経営全般のほか、製造面を中心に業務を統括。次期社長である社長のご子息が営業面を統括している。
- 創業より30年が経過、現社長は2年前までは経営、製造、販売とも統括していた。
- 10年前に次期社長として一人息子を迎え入れ製造と経営哲学を入社当初より学ばせた。
- ここ2年ほど前からは脱下請けを目指して次期社長が営業担当として新規の直接取引先を開拓すべく孤軍奮闘している。
とのことであった。
桜の花びらが散りつつある季節に2名でC社を訪問し、現社長と次期社長との面談に臨んだ。
ちなみに次期社長の肩書は「取締役営業部長」である。
現社長は会社設立以来の歴史を長々と語って頂き、元請である大手制御機器製造業から信頼があること、また最終顧客はいずれも大手製造業であり各工場にてC社が製造した機器が稼働していることをご説明頂いた。
その間、次期社長は無表情で特に現社長の話を聞いているような聞いていないような素振りであった。
現社長の話が一段落した後、小生より次期社長に対して
「新規開拓は苦労が伴いますよね。」
「どんな戦略にて開拓を推進していますか?」
との質問を投げかけた。
次期社長は少々立腹したような表情を見せて
「今まで下請中心だったのが今更方針を変更して直接取引先を開拓なんて無理がある。」
「営業部長といいながら営業担当は私一人です。」
「たった一人で何ができるのか?」といった感じで質問には無回答。
「これから引先訪問がありますので、これで失礼します。」
といって会議室を後にした。
現社長は
「時間をちゃんと空けておくように言ったのに本当に申し訳ない。」
「素直で良い子だったが、最近は会社のことでよく言い合いになります。」
「早く一人前になってもらわないと・・・。」
と申し訳なさそうに、そして寂しそうに語っていた。
(何が不安なのか? 十分一人前でしょう。)
「小さい頃からパソコンが好きだった。」
「大学卒業後はパソコン商社に入社して営業マンとして頑張っていた。」
「トップセールスとして表彰されたこともある。」
「入社させずにあのまま商社で働いた方が本人は幸せだったかもしれない。」
とも語ってくれた。
(パソコンでトップセールスだったのであれば制御機器でもトップになれるはず。)
現社長の話も一通り聞き終えた後、営業日報的なものがあれば見せて頂きたい旨をお願いした。
現社長が席を外したあと残った我々二人は
「現社長と次期社長の関係がよろしくなさそう。」
「そこをまずは改善しないと。」
との話でまとまった。
現社長がキングファイルを2冊もって再登場した。
会議室をそのままお借りし、先輩診断士と二人で多数の営業日報を順次読んでいくと、下記のことがわかった。
- 次期社長は既存取引先からの下請け的な案件も営業としてフォロー。
- 毎日のように新規顧客候補先への訪問やアポイント取得を実施。
- 次期副社長一人で見積作成から商談、調達部品の納期フォロー、ホームページメンテナンスや各種展示会の見学等々を実施。
また深く読み込んでいくと、新規取引先候補への最終提案段階では現社長がかなりの割合で同行していることもわかった。
新規取引先候補への営業レポートを更に分析すると、現社長が同行する場合はほぼ全件失注。
一方次期社長が単独ないしは技術担当役員等とともに訪問している場合は受注率も高いことがわかった。
(次期社長は現社長に相当ストレスを感じていそう)
現社長に次期社長との同行訪問の理由を尋ねたところ、
「そりゃあ新たな取引先候補に社長が挨拶に行くのは当然でしょう。」
「営業部長(次期社長)は技術面では私には叶わないし。」
「事業の最終責任は私にある。」
と当たり前のような口ぶりで語られた。
その後技術担当役員の方とも面談ができた。
次期社長についての仕事ぶりや人柄を尋ねたところ、
「彼は大変まじめな努力家です。」
「わからないことは若手にも素直に教えを乞うている。」
「たった一人で本当に頑張っているし成果も出てきていますよ。」
との高評価であった。
夕方になり現社長からいくつかの資料コピーを頂き、C社を失礼した。
先輩診断士と駅に向かって歩いていくと次期社長がこちらに向かって歩いてきた。
帰社するタイミングと我々が失礼したタイミンクがうまく合ったようだ。
次期社長は我々に気が付き、
「先ほどは大変失礼致しました。」
と深く頭を下げられた。
(先ほどの態度とは大違いだ。次期社長は礼儀をきちんとわきまえている。)
「私の方からも少々お話したいことがあります。」
とのことで駅近くの喫茶店に入店した。
次期社長の話は、
- (現)社長は私をなかなか一人前に扱ってくれない。まだ不安に思っているようだ。
- 営業部長と言っても営業マンは私一人。増員を求めても「成果が出てから」との一点張りである。
- 一人で既存取引先と新規開拓は正直つらいし、相談相手もいない。但し独自の顧客開拓は必要である。
- 営業活動を加速する意味でもホームページの充実に力を入れている。
と半分近くは愚痴であったが、次期社長の発言内容ももっともであると感じた。
以降先輩診断士とC社を複数回訪問し社員の方へのヒアリング、また営業活動、特に失注原因の分析を現社長、次期社長、技術担当役員含めて実施した。
最終的な提案内容はここでは省略するが、営業要員の増強、営業・製造・資材調達等の役割と責任範囲の明確化、新規取引先開拓の具体的アプローチ方法を中心とした提案を実施した。
特に営業部長(次期社長)を商談活動の責任者とすることを強く訴求した。
提案の半年後に先輩診断士よりお誘いを受け、C社を一緒に訪問した。
先輩診断士からの事前情報では「次期社長の雰囲気や活動がかなり変わってきている。」とのことで、大いに期待して訪問した。
現社長からにこやかに迎えられ、そして次の言葉があった。
- 提案頂いた内容はほぼ忠実に実施している。成果も出てきたとの手ごたえを感じている。
- 若手技術者の中で営業職を希望したメンバーを思い切って配置転換した。
- 営業職は営業に専念できるよう役割と業務範囲を明確化した。
- まだ少額の案件や試作機レベルが多いが、直接取引先もいくつか開拓できた。
- 営業部長(次期社長)は営業の最終責任者として取り仕切ってもらっている。相談を受けた際はアドバイスはするが、営業活動そのものには一切口を出さないこととした。
- 自分(現社長)の顧客訪問は受注後のお礼訪問としている。
- 新たな取引先からは新たな品質を求めらるケースもあり、製造部門も意識が変わってきた。
最後に
「社長職を譲ることを具体的に考え、スケジュール化したい。」
「息子もその自覚と覚悟が出てきたようだ。」
と嬉しそうな、寂しそうな表情であった。
小生より
「営業部長はいらっしゃいますか?」
と聞いたところ、
「最近日中は取引先回りでほとんど会社にいませんよ。」
「お二人にはくれぐれもよろしく、とのことです。」
とここは本当に嬉しそうに語られた。
今後もいろいろな出来事があるものと思うが、C社の脱下請け目指す活動は着実に進んでいる。
そして社内も活性化しつつある。
事業承継はまた別のハードルが出てくることが予想されるが、次期社長は間違いなく新たなC社を作り上げるものと私は感じたのであった。
本ケースにて得られた学びと教訓は、
- 親子関係は様々であり複雑なものともいえる。更に仕事が絡むと余計に複雑さが増してしまう。但し親から見たら子供は何歳になっても子供であり、期待そして不安も持っている。一方子供はいつまでも子供扱いされたくないものである。
- 中小企業の場合は親子間での事業承継がある意味一般的であり、また社内外とも納得性が高いものである。特に子供は「いずれは自分が」との自覚と覚悟が芽生えるものである。そして親である経営者もそれを自覚し、覚悟することが必要である。親としては更には我慢すること、これが絶対に必要である。
- その我慢とは必要以上に口出しをしないこと、権限、裁量、責任を移譲し任せること(信じること)である。実はこれが相当難しいものである。
- セールスとしてのスキル、センスは売る商品やサービスが変わっても十分に活かされる。
季節はちょうど春、新たな体制やメンバーで仕事に臨まれる時期です。
そして皆は新たな期待や決意、覚悟を持って仕事に臨んでいきます。
現在はまだコロナ禍ではあるものの、いつの時代でもそれは続いていくものです。
皆さんはどんな決意、覚悟を持たれていますか?
(この稿おわり)
IT企業にて営業活動をスタッフとしてサポートするサラリーマン。
2004年に中小企業診断士資格を取得以降、機会を見つけては業種、業界を問わず経営者をサポートする自称「流しの診断士」。
コンサルタントとして、従業員としての二つの視点でのアドバイスをモットーとしています。
2020年にコーチングの世界にも飛び込み、現在も修行を重ねる日々です。